JPS神田佳明 写真展
「時分の花」〜能楽・子方・はじめの一歩〜

 本日は写真展『時分の花〜能・狂言・初めての一歩〜』にお越しいただき、ありがとうございます。
 今回は、能・狂言の子方たちをテーマに選びました。その勢いや幼さ、純真さを舞台で存分に発揮する子どもの風姿は、まさに世阿弥の言う『時分の花』。
 父が、祖父が、先輩が、同じ舞台から声援を送り、観客の暖かなまなざしにかこまれて初めて花開く一瞬。舞台にお調べが流れ、緊張が走る。しばらくの間があって、装束に身をかためた子方が右手に中啓をしっかり握って揚げ幕に立ち、観客の注ぐ熱い双眸を押し返すように橋掛をわたって、舞台へすすむ宿命の、いや一生の人生を決定づける、最初の一歩を踏み出す。
 大人とともにレンズに収まることで子方の輝きが一段と増すことを、今回、発見しました。幼い身体に厳しい修行が不断に続く能楽師人生のはじめの一歩は、多くの人々の愛情に支えられているのです。写真を通じ、この感動が、皆様につたわることを願っております。 長い演能時間の中で、動きの激しい子方の決定的瞬間はほんの数カット、カメラマン泣かせの被写体であったことも申し添えておきます。
 私がカメラを手にしたのは、写真狂であった叔父の影響から、出征兵士としてビルマ戦線への出発を見送ったのは叔父が19歳。戦後に遺骨は帰りましたが骨箱には石ころ一つ入っていただけ。叔父の年齢を越えて能・狂言を撮とりつづけている私は無限の可能性を秘めた子方たちを撮影する幸せをかみしめています。『あの大家にも、このような童の頃があつたのか』と、記録写真としての価値が発揮されるまで、撮影を続けていきたいと希望しております。これら子方写真展のための撮影にご協力を頂いた国立能楽堂、横浜能楽堂をはじめ多くの関係者の方々に改めて御礼申し上げます。

2001年9月  
JPS会員 能楽写真家  
神田 佳明